オブジェクト指向による情報インパール大作戦

えー、なんだか、(都合の良い)情報というのはそれを望んでいる人の所に自然に集まってくるようなのです。大変芳しいネタに行き当たってしまいました。(id:mzp さんどうも情報ありがとう。) まじめなオブジェクト指向論を繰り広げたく、少しづつ論考してはいるのですが、寄り道の誘惑に抵抗できません。

挑戦: 金融工学を駆使した先進的市場系システム開発に挑んだ精鋭たちの物語!、なのか?これが?

プロジェクトX型神話、と私が呼んでいる都市神話類型があります。場所や登場人物がころころと変わりますが、基本的なプロットはまず全て同じで、大まかに次の起承転結四要素からなっています:

挑戦: 優秀な人材が夢一杯に新プロジェクトを開始。
挫折: 予測もしていなかった難題にぶつかる。
打破: 社員の才能と努力で解決!
成功: 得られた教訓を語る、プロフェッショナル仕事の流儀

もちろんこの類型の大元はNHKの人気番組だったプロジェクトXです。この挫折からの成功譚ってのは大いに日本人の精神に訴える所があるらしく、この類型を使った広報を流すことで会社のプレゼンスを上げ、仕事の実際を知ってもらい、優秀な人材を獲得する、という自己アピール法が流行ってます。

で、この会社も、この神話類型を利用したアピールを行っているのですが、、、

金融工学を駆使した先進的市場系システム開発に挑んだ精鋭たちの物語
Flash版とPDF版がありますが、後述するある理由から、Flash版をまず読まれることをお薦めします。
(飯を食いながら見ん方がいいです。気管につまりますので。)

まず、マンガ、と言う辺りからイタい。とほほ、、、マンガで会社アピールってそもそも説得力あるんですか?私は全くの逆効果だと思いますが、年寄り過ぎの発想?はっ、まさか、これ、ゆとり対策?まぁ、マンガはいいや。俺もマンガ読むから。諸星大二郎とか。ちなみに、「よつばと!」が好きなウチのアメリカ人に、これは人材募集用のマンガだ、と説明しましたが、何かの冗談だと思っていたようです。マトモな会社がそんなバカな求人してるはず無いだろ?みたいな反応。

肝心の話はまず、この会社が国内証券会社から金融システムの受注を受けるところから始まるのですが、その要求からしておかしい:

クラッチ開発で行きたい!
オブジェクト指向技術を使って開発したい!

オブジェクト指向技術 + スクラッチ開発 = 金融工学先進国、米国並のハイレベル らしいんですが、アメリカ様の金融工学をバカにしているのか?

いや、まあ、確かに、このお話は94年に起こったという設定ですから、ある程度割り引いて考えてあげないといけません。あの当時はオブジェクト指向なんて、まだ今みたいに一山幾らで売っていた時代じゃなかったし、確かに、米国の投資銀行はそういう開発にシフトしていた頃です。一山幾らで思い出したけど、まだ山一證券とかもあったんだよね(97年自主廃業)。

でもね、このマンガの読者って、あと何年かしたら、恐怖の大王が降ってくるかも、なんて思っている90年代のナイーヴなガキじゃなくって、来年には木星で「素晴らしい何か」が起こるはずの2009年の我々なんです。「オブジェクト指向という最先端テクノロジを使って開発しよう!!」とか夢持って語られても、新ミレニアムの到来ですっかり擦れちゃった我々には特に魅力もありません。

そもそもオブジェクト指向ってプログラミングパラダイムであって、金融工学と関係無いし…その上、近頃の金融危機。わざわざ大コケになってる金融分野でのプログラム開発の話を今する意義があるのでしょうか?なんか過去の成功体験に囚われているんじゃないかと思うのは私だけではないと思います。

というわけで、プロジェクトX神話類型を利用しようとしているんですが、掴みから完全に間違ってます。登場するヒーロー達が難関に挑戦する資格を十分に持っているかを十分に描写する事も、後に続く挫折を正当化するためにこの神話類型では必須なのですけれども、それも後述するセリフの部分以外ほとんどありません。あるのは、無謀な特攻精神(「鉄の精神」というらしい)だけ。

挫折: ページ数の2/3を費して如何にダメ(だった)かを大アピール

さて、通常このタイプの神話では、挑戦のしばらく後に「予測もしていなかった難題」がヒーロー達を苦しめることになっているのですが、ここでも我々は裏切られます。完全に予測の範囲内:

  • 安請け合いによる勉強不足、能力がないのにアジャイル開発
  • コミュニケーション欠乏に摺つぶされる優秀な人材
  • 絵に描いたようなデスマーチ、昼夜の区別無し、休日出勤
  • 空転する会議、底なしに落ちていくモラル
  • しかし始末の悪いことに、鉄の精神 = 不退転の玉砕魂だけはある

我々がここから読み取れる会社のイメージは彼らのアピールしたい物とは全く逆です:

俺たち根性だけはあるけど他は全然ダメな典型的 nK企業(n = たくさん)

っていうアピールがここまで溢れ返ったマンガを見て、まだ、ここで働きたいなぁと思う根性のある人って、今の世の中そういるもんじゃないと思います。

確かに成功物語のためには多少の挫折体験をまず語ることが必要です。しかし、明らかに避けることのできた失敗は挫折とは言いません。それをここまでのボリュームで描き切られると、その後の成功なんかどこかに吹っ飛びます。

打破: あまりにも軽く扱われる改善策

「起」「承」で9ページも使っているわりに、肝心な、こういう話を聞いていて誰もが一番知りたがるであろう、どうやって危機を脱したか、という「転」の部分、ですが、

1ページ未満

しか費やしていません。その上、その方法が全然参考にならない:

  • ロートルの助言によるモラル改善
  • クライアントの慈悲による締切り延長

悲惨なのは、解決が現場から出てきてないってことです。相変わらず最前線では

実際には現場でも若手からよい意見とか出てきていたと信じたいのですが、そういった現場ドリブンのブレイクスルーとか、改善とか、皆が良い職場に普通期待する展開が全く描写されていない。ただただデスマーチ。こんな職場で働いてみたいですか?

インパール作戦のビデオを見せるとか、あまりにアナクロです。まぁ、時代設定は94年らしいんだけど、それでも

鉄屋さん => 鉄の精神 => 鉄は国家なり => ソルジャー!!

もうこれは体育会系を通り越して軍隊。特攻感満載で、同業者として欝になりそうです。

で、なんとか納入出来ました。

成功、したらしいんだが、どうだか

なんといっても、ここの見どころは、順調に動いていると聞いた時の部長の意外そうな顔です。

ホントによく動いたな…

おいおいおいおい、あの、そんなレベルで納入しちゃうような会社なんですか?ソルジャーはギリギリまでデスマーチであったことがまたここでもしつこく強調されます。

最後の〆はこの手の神話にありがちな美しい教訓話で、このトラブルから学んで今は良い職場になりましたよ、というアピールがあるのですけど、今さら手遅れ感が否めません。そもそもの失敗が問題を過小評価して無謀に特攻、当然根性だけのインパール作戦、というあまりにも虚しい物だけに、教訓にもならず、お寒い印象です。まあ、根性だけはありそうだ、というのは伝わってきますが、それがこの会社が言う、「人材」なの?マンガで活躍したのは、第一線を退いた人と年寄りの営業だけで、折角の技術を持った「人材」とやらは始終、ソルジャーとしてインパール作戦。余りにもかわいそうです。チームリーダー(当時) とか、 プロマネ(当時) とか、笑顔の思い出話ですけど、じゃあ、(現在)は、何をやっていらっしゃるのでしょう。勝手に心配してしまいます。

この神話から得る本当の教訓

ご覧のように、サクセスストーリーマンガ、らしいモノは、プロットだけは、挫折から成功への物語というプロジェクトX型神話類型を押さえていますが、致命的までに逆のメッセージ性を持っています:

  • 無謀
  • 根性だけ
  • 流行に弱い
  • デスマーチ歓迎
  • 解決能力のない現場

会社のアピールとしては、完全に比重の置き方を間違えていて、取り替えしのつかない事になっている。

  • クライアントにとって、こんな納入する会社じゃ大いに不安
  • 会社が持っているハズの技術力のアピールが徹底的に欠けている
  • 応募する若者に職場の理不尽な苦労ばかり伝え、喜びを伝えられていない
  • 主役であるはずの現場社員の取扱いがあまりにぞんざいで、彼らのモラルの低下を招く
  • マンガというバカにもキャッチーなメディアを選ぶことで、応募者のレベルをわざわざ下げている

さっさと取り下げて、もっとまともな、この職場で働きたいって思えるような、記事に差し替えるべきですよ。

ここにもオブジェクト指向に翻弄される人々が、、、

さらに、この、マンガは、Flash と PDF で提供されているのですが、微妙に違うのです。なぜか、PDF バージョンでは一部黒塗りされて読めない箇所があります:

クライアント「A社」の存在

えっと、既に「A社」って十分匿名なんですけど、それをさらに黒塗りにする念の入れよう。これは一体、、、内容が内容だけに、住銀(がクライアントみたいです)から「頼むからあのマンガからウチの存在は消してくれ」みたいなクレームでもあったんでしょうか、、、

「研究所に蓄積してきたオブジェクト指向のノウハウを今こそ使うべきです!」というセリフ



なぜか検閲され、黒塗りされたセリフ

神話では必ず主人公のヒーロー性を担保するできごとがメインイベントの前に語られるものです*1。その点で非常に重要なこのセリフが、、、黒塗り、、、こいつは痛すぎる。まるで、
実はオブジェクト指向のノウハウなんかなかった
みたいじゃないですか。PDF化時の技術的なミス?だったとしても、ITの会社でこれじゃあね。

嗚呼インパール、ここにもオブジェクト指向に翻弄されたソルジャーたちが、、、

まあ、ここはこじつけだから、そこんとこよろしく。

前にも書きましたが、ほんとに、なんで無理してオブジェクト指向開発なんですかね?それでしか受注が取れないから?そうかも知れない。でも、この馬鹿みたいな buzzword に一体どれだけのお金と、知性と、人生が失われたか、ソフトウェア事業者は、一度まじめに反省すべきなんじゃないですか?この会社の場合は上手く行ったみたいだけど、、、

もう一言念のため

私が馬鹿にしているのは、この会社の、人を集めたいとはとても思えないアピールのお粗末さであって、仕事そのものではありませんヨ。

*1:例えば金太郎の熊相撲とか